占領政策の下で〜女性・子供の戦後〜

先日、大学の教授さんによる沖縄戦の講義があってそれに自由に参加できるという事で私も参加してきました!その際の感想などをお伝えします。


講義では、ビデオを使用したりしながら戦時中の様子や戦後の話を中心に進んでいた。私も沖縄戦には前から関心がありました。しかし、今回の講義のように女性や子供、性に焦点を当てて話を聞いた覚えがなかったので、今までと違う視点で戦争を考える事が出来た。栄養失調の孤児の話や自分探しで生涯を終えたヨシコさんの話を聞き、戦争が終わってもなお戦争に苦しめられていることに戦争の影響力を痛感した。他にも、慰安婦の問題が取り上げられた。最近も、大阪知事の発言で関心が高まっていたので興味深く聞いていた。やはり、実際のデータや記事を見ていると、想像以上だった。資料から見ても米兵による事件は友好的な対策が必要だと思う。

 戦後の話を聞いて、やはり慰安婦の問題が強く残っていると感じた。資料では、1945ねんから収容所の多い沖縄北部を中心にレイプ事件が多発しわ1946年には居住地に戻った女性が畑仕事ら洗濯中に襲われるようになり、1947年には米兵の昼の自由通行が認められるようになり歩行中の女性まで襲われるようになった。そこで沖縄知事は、慰安所を設置することにより、問題を解決しようとした。女性を守るために、一部の女性たちの性が政治的に利用されることになったのだ。ここにとても違和感を感じた。女性を守る為に一部の女性を犠牲にしてしまっては取り組みの意味が大きく損なわれてしまうと考える。慰安婦となった女性の後の証言を聞くと、犠牲になったという表現は間違ってはいないだろう。レイプ事件の防止策というのは明らかに口実だと感じる。軍隊への協力が得られなくなる事を危惧した政府が考え出した策だと思ってしまう。

 この慰安婦問題に関しては、賛成と反対の意見が紹介されていた。反対意見はやはり、人権擁護の立場や婦人解放の立場からの考えだった。私が注目したのは、賛成意見の方である。最初に青少年の墜落を防止するためと紹介してきた。米兵についても同じだが、性的欲求を満たす事だけが解決手段ではないのではないかと強く感じる。私は未熟で友好的な方法を提示する事はできないが、当時の政府は女性「利用して問題解決を図っているところから、論点や考え方がそもそもずれていたと思う。もっと女性を守るという意識を持つべきだったのではないだろうか。教授もおっしゃっていたが、政府の考えた方法は女性の人権を軽んじていたと思う。

 現在も問題として取り上げられる慰安婦問題わ、大阪知事の発言も1つの方法として提示したかったのだろうが、こちらも女性への配慮が足りなかった為に問題となったのではないか。今後、全く違う方法で有効的な方法を見出す事が重要だと考える。